大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和57年(行ウ)9号 判決 1987年3月18日

原告

稲葉正之助

右訴訟代理人弁護士

鈴木繁次

被告

横浜南税務署長

山野壽

右訴訟代理人弁護士

齊藤健

右指定代理人

星川照

外五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五六年三月四日付けでなした

(一) 原告の昭和五二年分所得税の更正(以下「本件更正(一)」という。)のうち総所得金額一八五三万一六三九円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定(一)」という。)

(二) 原告の同五三年分所得税の更正(以下「本件更正(二)」という。)のうち総所得金額一四〇三万二四四七円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定(二)」という。)

(三) 原告の同五四年分所得税の更正(以下「本件更正(三)」といい、本件更正(一)ないし(三)を「本件各更正」という。)のうち総所得金額一七五〇万三二二五円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定(三)」といい、本件決定(一)ないし(三)を「本件各決定」という。)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の昭和五二年分ないし同五四年分(以下「本件各係争年」という。)の所得税についての確定申告、本件各更正及び同各決定、審査請求並びに同裁決の経緯(以下「本件課税の経緯」という。)は、別表一記載のとおりである。

2  しかし、本件各更正は、次のとおり、原告の本件各係争年分の総所得金額を過大に認定した違法がある。すなわち、

(一) 原告は、神奈川電機株式会社(以下「神奈川電機」という。)の代表取締役であるが、株式売買につき知識があり、自信があつたので、かねてから副収入を得る方法として、営利を目的として継続的に株式売買を行なつて収益をあげることを考えていたものであるところ、昭和四八年ころからそれを実行に移し、以後、副業として継続的、反復的に株式売買を行なつており、本件各係争年を含む同四八年から同五四年までの間の取引株数及び売買回数は、別表二の原告主張欄記載のとおりであり、原告は、本件各係争年中の株式売買(以下「本件株式売買」という。)により、昭和五二年中に二〇二万八九四四円、同五三年中に五三七万七一三四円、同五四年中に二六二万二三八一円の損金を生じた(以下「本件損金」という。)。

(二) 本件株式売買は、所得税法(以下「法」という。)九条一項一一号イ、法施行令(以下「令」という。)二六条一項所定の所得の基因となる株式売買であり、かつ、法二七条一項、令六三条一二号の規定する事業であるから、これによつて生じた本件損金は、法六九条一項の規定する「事業所得の金額の計算上生じた損失の金額」として原告の本件各係争年分の他の各種所得の金額から控除さるべきものである。

(三) しかるに、本件各更正は、本件損金を原告の本件各係争年分の各種所得の金額から控除していない。

3  仮に、本件損金が法六九条一項の定める「事業所得の金額の計算上生じた損失の金額」に該当しないとしても、次のとおりの事情に照らすと、本件各更正は、禁反言の法理又は信義則に反するので違法である。すなわち、

(一) 原告は、昭和四八年中に別表二の同年の原告主張欄記載のとおりの株式売買をしたが、同年分の所得税につき、原告の納税地を所轄していた横浜中税務署長(以下「旧署長」という。)に対して確定申告をするに際し、株式売買による損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として申告した。

(二) 横浜中税務署の大西調査官は、原告の所得税調査のため、昭和四九年九月五日、原告の取引銀行である横浜銀行阪東橋支店において、同支店職員に対し、原告の同意を得ていないのに原告借用中の貸金庫の開扉を要求し、これが同支店職員により原告に通報された。同税務署の太田副署長及び廣野統括国税調査官は、同年一二月五日、原告方を訪れたうえ、原告に対し、右調査方法に行過ぎがあつた旨の陳謝をするとともに、「調査の結果、原告の申告は適正であつた。今後も前回同様適正な申告をするように。」との行政指導をした。

(三) そこで、原告は、右行政指導の下に、昭和四九年分から同五三年分までの所得税につき、各年の申告期限内に、旧署長に対し、株式売買による損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として確定申告をし、同署長は、右確定申告を適法妥当と認めていた。

(四) その後、原告は、昭和五四年四月一八日から現住所地に転居し、これに伴い原告の納税地を所轄する税務署が横浜南税務署となつたので、同年分の所得税についての確定申告を、前同様の理解の下に、被告に対してしたところ、被告は、同五六年三月四日付けで原告の同五二年分から同五四年分までの所得税につき本件各更正をした。

(五) 以上のとおり、原告は、横浜中税務署の調査官による所得税調査を受けた後、同税務署の副署長及び統括国税調査官から「原告の申告は適正であつた。今後も前同様適正な申告をするように。」との行政指導を受けてこれを信頼し、この信頼に基づき、本件株式売買を行つたうえ、本件各係争年分の所得税についての確定申告に際し、本件株式売買によつて生じた本件損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として申告してきたものであるにもかかわらず、被告は、横浜中税務署の行政指導に反し、かつ、その行政指導を信頼した原告の利益を害する本件各更正をしたものである。

4  よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2(一)  同2柱書の主張は争う。

(二)  同2(一)のうち、原告が神奈川電機の代表取締役であること、昭和四八年ころから株式売買をしていること、別表二の原告主張欄のうち昭和四八年及び同五一年ないし同五三年の各年中における各取引株数が原告主張のとおりであることは認め、同表原告主張欄のその余の取引株数及び売買回数は否認し、その余の事実は不知。

(三)  同2(二)の主張は争う。

(四)  同2(三)の事実は認める。

3(一)  同3柱書の主張は争う。

(二)  同3(一)のうち、原告の昭和四八年中の株式売買に係る売買回数が原告主張のとおりであることは否認し、その余の事実は認める。

(三)  同3(二)のうち、横浜中税務署の大西調査官が原告の所得税調査のため昭和四九年九月五日原告の取引銀行である横浜銀行阪東橋支店において同支店職員に対し原告借用中の貸金庫の開扉を求めたこと、同税務署の太田副署長及び廣野統括国税調査官が同年一二月五日原告方を訪れたことは認め、その余の事実は否認する。

(四)  同3(三)のうち、原告が昭和四九年分から同五三年分までの所得税につき、各年の申告期限内に、旧署長に対し株式売買による損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として確定申告したことは認め、その余の事実は否認する。

(五)  同3(四)のうち、原告が昭和五四年分の所得税についての確定申告を前同様の理解の下になしたことは否認し、その余の事実は認める。

(六)  同3(五)の主張は争う。

4  同4は争う。

三  被告の主張

1  原告の本件各係争年分の総所得金額及びその内訳は、別表三(一)ないし(三)記載のとおりである。

2  本件株式売買による所得は、法九条一項一一号の非課税所得に該当するから、本件株式売買によつて生じた本件損金は、同条二項三号によりないものとみなされるうえ、仮に本件株式売買による所得が課税所得に該当するとしても、事業所得とはいえず、雑所得というべきものであるから、本件株式売買によつて生じた本件損金を法六九条一項の規定に基づいて他の各種所得の金額から控除することはできない。すなわち、

(一) 法九条一項一一号は、有価証券の譲渡による所得のうち同号イないしニに掲げる所得以外のものを非課税所得とし、右非課税所得から除外されるものとし、同号イにおいて、「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定する。そして、これを受けた令二六条一項は、右政令で定める所得は、有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得(実質基準)とする旨規定し、同条二項は、株式又は出資の売買回数が五〇回以上であり、かつ、売買をした株式又は口数の合計が二〇万以上である場合にはその他の同条一項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得(形式基準)とする旨規定している。

したがつて、株式の売買による所得は、右令の規定に該当する場合には有価証券の継続的取引より生じた所得として課税所得となり、そうでない場合には法九条一項一一号の非課税所得となるのである。

更に、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額については、他の各種所得の金額から控除することができるとされている(法六九条一項)。したがつて、営利を目的とした有価証券の継続的売買による損失の金額について、損益通算が許されるためには、右売買による所得が法九条一項一一号イ、令二六条による課税所得であるというだけでは足りず、右所得が、不動産所得、事業所得、山林所得または譲渡所得のいずれかに該当するものでなければならないところ、営利を目的とした有価証券の継続的売買による所得は事業所得または雑所得のいずれかであるといわざるをえないから、結局、営利を目的とした有価証券の継続的売買による所得(損失)について損益通算が許されるためには、右所得(損失)が事業所得(損失)に該当するものでなければならないこととなる。

そして、営利を目的とした有価証券の継続的売買による所得が事業所得とされるためには、それが、営利性、有償性及び継続性、反復性を具備しているのみでは足りず、事業として社会的客観性を要するのであつて、取引のための人的、物的設備の有無、資金の調達方法の他、本人の精神的、肉体的労力の程度や、その者の職業及び社会的地位などの諸点を検討した上で決定されなければならない。

(二) これを本件についてみるに、本件株式売買に係る取引株数及び売買回数並びにその方法、原告の職業等は、以下のとおりであるから、本件株式売買は、令二六条二項(形式基準)に該当しないことが明らかであるうえ、同条一項(実質基準)にも該当しないというべきであり、仮に同条一項に該当するとしても、本件株式売買による所得は、雑所得であるというべきである。すなわち、

(1) 本件各係争年を含む昭和四八年から同五四年までの間の取引株数及び売買回数は、別表二の被告主張欄記載のとおりである。また、本件各係争年中の株式売買である本件株式売買の詳細は、別表四記載のとおりである。

(2) 本件株式売買の方法等は次のとおりである。

(イ) 本件株式売買は、原告が代表取締役である神奈川電機の社長室あるいは自宅において、証券会社の外務員に対し、電話注文の方法で行つていたもので、株式売買のために特定の事務所を設けたり、人を雇うなど特別の人的、物的設備は有していなかつた。

(ロ) 本件株式売買は、主に信用取引で行ない、売買代金の決済は、証券会社の外務員を通じて行なつていた。

(ハ) 本件株式売買に要する資金は、横浜銀行阪東橋支店から五〇〇万円を借り入れによつて調達したほかは、いずれも自己資金をこれにあてていた。

(3) 原告は神奈川電機の代表取締役として同会社の職務に専念し、生活の資の大部分は同会社よりの給与所得及び不動産所得によつていた。

3  被告が行つた本件更正は、何ら禁反言の法理又は信義則に反するものではない。すなわち、

(一) 太田副署長及び廣野統括国税調査官が原告方を訪れた経緯は、次のとおりである。

(1) 昭和四九年当時の原告の納税地を所轄していた旧署長は、所部係官の大西調査官に原告の所得税調査を命じた。

(2) 大西調査官は、同年八月二七日、原告の依頼税理士である石井保典税理士に電話で調査を行う旨伝え、更に関係書類を持参するよう依頼した。

(3) 石井税理士は同月二九日に関係書類の一部を持参し、大西調査官に提示した。

(4) その後、大西調査官は同年九月五日に原告の取引銀行である横浜銀行阪東橋支店に反面調査を実施したところ、同支店には原告が借用中の貸金庫のあることが判明した。

(5) そこで大西調査官は、右貸金庫の内容が調査内容と関連するものであるかどうか確認の必要があると判断し、同支店から原告方へ架電し、貸金庫の内容について確認したいので原告が同支店に赴き、貸金庫を開けて確認させてもらいたい旨依頼した。

(6) これに対し原告は、何ら疑われるようなものは入れておらず、なぜ内容を確認する必要があるのか原告方に来て説明してほしい旨答えた。

(7) そのため、大西調査官は、神奈川電機の社長室を訪れ、石井税理士立会のうえで原告と話をした。

(8) 大西調査官は、調査との関連は結果において判断するものである旨説明し、貸金庫の内容を確認したい旨申し述べたところ、原告は、一回も面接しないうちに反面調査を行うのは調査権限を越えるもので違法である旨述べたので、大西調査官はこれは何ら違法行為となるものではない旨説明したところ、原告も貸金庫の開扉に同意し、原告の代理人として石井税理士に鍵を預けた。

(9) 大西調査官は、石井税理士とともに再び横浜銀行阪東橋支店を訪れ、石井税理士において開扉した貸金庫の内容を確認した。

(10) その後、大西調査官は、原告の調査を継続していたところ、原告より、貸金庫内まで確認するのは調査の限度を越えるもので、大西調査官の調査は違法調査であるとして、旧署長に対する電話による抗議及びこれを旧署長の違法行為として新聞等に投書する旨の強い申し入れがなされた。

(11) 旧署長は、その調査経過について大西調査官から説明を受け、貸金庫の内容確認は通常調査において行われているものであり、ましてその開閉は原告の同意の下に原告の代理人である石井税理士において行われているのであるから、何ら違法とされる筋合のものではないと判断したが原告からの前記強い申し入れもあつたことから、このまま原告に対する調査を継続することは原告との間に無用の紛争を招来し、妥当でないと配慮して大西調査官に調査継続の中止を指令した結果、調査は未了のままになつた。

(12) その後、原告は同年一一月二八日付け内容証明郵便により旧署長に対し、右調査に対する抗議を内容とする文書を送付して来た。

(13) 旧署長は、右文書の内容を検討したうえ、原告の右内容証明には事実誤認があると判断して、原告の抗議に対する釈明のため太田副署長及び廣野統括国税調査官を原告方に赴かせた。

(14) 太田副署長と廣野統括国税調査官は同年一二月五日に原告方を訪れ、原告に面接のうえ、前述の調査方法が右内容証明において指摘する職権濫用にあたるものではない旨説明し、原告もこれを了承した。

(二) 以上のとおり、原告に対する所得税調査は途中で中止されていて、確定申告の適否を判断するには至らなかつたもので、かような状況下において原告の確定申告の内容が適正であるとの行政指導がなされ得るはずもなく、また太田副署長らが原告宅を訪れたのは、原告の抗議に対する釈明のためであつて、それ以上のものではない。したがつて、原告の昭和四八年分ないし同五一年分の確定申告に対し被告が何らの処分をしなかつたとしても、もとより原告の過去の確定申告を正当として是認したものでもない。

4  以上のしだいであり、原告の本件各係争年分における総所得金額は、いずれも本件各更正に係る総所得金額と同額であり違法事由がないので、本件各更正は適法であり、また、本件各係争年分の所得税につき原告から期限内申告書が提出されたが、その後本件各更正によつて、原告が納付すべき所得税の額が増加したので、被告は、国税通則法六五条一項の規定によりその増差税額につき一〇〇分の五の割合を乗じて求めた金額に相当する過少申告加算税を賦課したもので、本件各決定も適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の原告の本件各係争年分の総所得金額の内訳のうち、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額がないことは否認し、その余の内訳が別表三(一)ないし(三)記載のとおりであることは認め、同総所得金額につき事業所得の金額の計算上生じた損失の金額である本件損金を控除していないことは争う。

2(一)  同2柱書の主張は争う。

(二)  同2(一)の主張は認める。

(三)(1)  同2(二)柱書の主張は争う。

(2)  同(二)(1)のうち、別表二の被告主張欄のうち昭和四八年及び同五一年ないし同五三年の各年中の各取引株数が被告主張のとおりであることは認め、同表被告主張欄のその余の取引株数及び売買回数は否認し、別表四のうち同表(1)の順号20が順号19と及び順号38が順号36と各同一の取引であること、同表(2)の順号20が順号19と同一の取引であること、同表(三)の順号8が順号7と同一の取引であることはいずれも争い、原告が同表(1)ないし(3)の各「月日/時分」欄記載の日時に各「銘柄」欄記載の株式につき各「株数」欄記載の株数を各「売買」欄記載のとおりに売買したことは認める。

(3)  同2(二)(2)(イ)ないし(ハ)の事実は認める。

(4)  同2(二)(3)は争う。

3(一)  同3柱書の主張は争う。

(二)  同3(一)のうち、(1)の事実は不知、(2)、(3)の事実は否認し、(4)の事実は認め、(5)、(6)は争い、(7)の事実は認め、(8)のうち原告も貸金庫の開扉に同意し原告の代理人として石井税理士に鍵を預けたことは認め、その余の(8)は争い、(9)の事実は認め、(10)の事実は否認し、(11)の事実は不知、(12)の事実は認め、(13)の事実は否認し、(14)のうち太田副署長と廣野統括国税調査官が昭和四九年一二月五日に原告方を訪れたことは認め、その余の(14)の事実は否認する。

(三)  同3(二)の主張は争う。

4  同4の主張は争う。

五  原告の反論

(原告の株式売買の事業性について)

1 原告の本件株式売買による所得が損益通算の対象となるためには、被告が主張するとおり本件株式売買が法九条一項一一号イ、令二六条一項所定の課税所得に該当し、更に法六九条一項の要件を充足しなければならない。

原告の株式売買による所得が課税所得であるためには法九条一項一一号イにより、「継続して有価証券を売買することによる所得として政令に定めるもの」でなければならず、そしてこの規定を受けた令二六条一項により、有価証券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その他の状況に照らし営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得でなければならないとされている。ところで、この「営利を目的とした継続的行為」に関しては、本来、有価証券の非課税規定については、課税技術上の困難性が大きな理由となつているところから、令二六条二項が有価証券の売買回数が五〇回以上で、かつ、その売買した株数又は口数の合計が二〇万以上であるときは、営利性、継続性を問題とせず一律に課税所得としているのである。そして、更に、同条一項のような不明確な規定が設けられた趣旨は、売買回数又は売買した株数又は口数が非常に多い場合に課税するためと、同条二項の形式基準を過去において満たしていたが、当該年度には同条二項の形式基準を満たしていない場合にも課税するためと考えられる。

2 そうすると、原告は昭和四八年ころから、継続的、反復的に株式売買を行つており、その取引株数及び売買回数は別表二原告主張欄記載のとおりである。

そこで右取引株数及び売買回数を見ると、同四八年、同四九年、同五一年には令二六条二項の形式基準を満たしている。しかし、同五〇年、同五二年、同五三年は右形式基準のうち売買回数がそれぞれ三回、一回、九回下回つており、右形式基準を満たしていない。しかし、前記のように同条一項の存在意義からいつて当然同五〇年、同五二年、同五三年の株式売買行為は「営利を目的とした継続的行為」と考えなければならない。もし同五〇年、同五二年、同五三年の株式売買が、令二六条二項の形式基準を満たしていないからといつて同条一項の実質基準にも該当せず、非課税とするならば継続性を無視して毎年の株式売買をバラバラに考えるものであるから、同条一項の存在意義がなくなり、かくては国民の租税に対する予測可能性をなくしてしまうという意味で妥当でなく、他方、行政庁にとつても行政の画一性、継続性という大原則に背反することになり、令二六条一、二項がこのような事態を予想しているとは到底考えられない。

そのほか同五四年の取引株数と売買回数は他に比較して相当少ないが、これは原告が自宅を新築し引越しに時間をとられたこと等によるもので同年の株式売買は、同四八年から一連のものとして継続されているのであるから、同五四年のみを別にとり上げるのは妥当でない。

よつて、原告の同五二年ないし同五四年の各年中における本件株式売買は令二六条一項にいう「営利を目的とした継続的行為」というべきである。

3 これに対し、被告は人的、物的設備、売買方法等を重視しているが、これは前記のように令二六条一、二項の関係からいつて妥当でない。仮に被告のように外部的事実を考えるとしても売買回数、売買株数又は口数を中心に判断すべきである。

本件では、原告の昭和五二年の取引株数が六七万四〇〇〇株、売買回数が四九回、同五三年の取引株数が六三万株、売買回数が四一回となつており、売買回数はわずかに五〇回に満たないものの取引株数は二〇万株を大きく超え、その三倍以上にもなつている。これは原告の株式売買が「営利を目的とした継続的行為」であることを示す最も有力な事実である。

また、原告は五〇〇万円もの金を横浜銀行阪東橋支店から借り入れてまでも右行為を継続しようとしたのであつて、これはもはや余暇利用とは考えられないものである。更に、証券会社に多額の保証金を信用取引口座を設定するにあたり大和証券株式会社に差し入れ、右会社との信頼関係に基づき株式取引を行つていたのであつて、本件株式売買を行うにあたり、店舗を構えず、また従業員を使用しなかつたものの、大和証券株式会社に委託してその人的、物的設備を使用して本件株式売買を行つたものである。

以上の事実から、原告の本件株式売買は法九条一項一一号イ、令二六条一項に該当し、それによる所得は課税対象になるものと解される。

4 更に、原告の本件株式売買による所得は、次の理由から、事業所得と解されるべきである。この点については法九条一項一一号、令二六条一項は明らかにしていないので、結局は法二三条から三五条までの規定に照らして判断されなければならない。しかるときは、法二七条一項によれば、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令に定めるものから生ずる所得をいう。」となつており、これを受けて令六三条一二号は「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業」と規定しており、本件株式売買がこれに該当するかという問題となる。そして、右にいういわゆる事業に当たるかは結局、一般社会通念によつて決めるほかないが、これを決めるにあたつては営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無、その取引の目的、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費やした精神的あるいは肉体的労力等一切の事情を検討するほか、当該取引に対する社会の評価が考慮されるべきである。ところで、原告は昭和四八年頃から業として株式売買を始め、以来同五四年まで事業所得として青色申告をなしてきたものであつて、これに対し横浜中税務署は事業所得として認め、税務調査をなすも右認定が覆えられないという状況であり、これは原告の株式売買が事業としての社会的客観性を有しているということの最も有力な証左である。また、営利性、継続性については本件のように、すでに同四八年より株式売買を始め、以来継続的に頻繁かつ大量に株式売買を行つている場合には、営利性、継続性が満たされているというべきである。

そして、本件株式売買が、納税者にとつて本来の職業として生計維持の唯一もしくは最大の手段であることを必要としないのである。

そうすると、本件では株式売買が前記のように営利性、有償性、継続性、反復性が認められ、証券会社を通すといえども自らの責任においてこれを遂行し、社会的客観性を有するに至つているものであるから、本件株式売買が令六三条一二号の「対価を得て継続的に行う事業」に当たり、事業所得であることは明らかである。

5 以上のように、原告の本件株式売買による所得は法九条一項一一号イ、令二六条一項により非課税とされない所得であり、その所得の性格は事業所得と解されるから、法六九条一項により損益通算の対象となる。

六  原告の反論に対する認否

争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実(本件課税の経緯)、及び被告の主張1のうち、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額を除くその余の原告の本件各係争年分の総所得金額の内訳が別表三(一)ないし(三)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二原告は、本件株式売買による所得は法九条一項一一号イ、令二六条一項により非課税とされない所得であり、それは、事業所得であるから本件損金は法六九条一項の規定する「事業所得の金額の計算上生じた損失の金額」として原告の本件各係争年分の各種所得の金額から控除されるべきである旨主張し、被告は、右所得は法九条一項一一号イ、令二六条一項に該当しないから非課税の所得であり、仮に、これが課税所得に該当するとしても事業所得ではなく雑所得であるから、本件損金を法六九条一項に基づいて他の各種所得の金額から控除することは許されない旨抗争するので、判断する。

1(一)  先ず、法九条一項一一号は、有価証券の譲渡による所得のうち同号イないしニに掲げる所得以外のものを非課税所得とする旨規定し、有価証券の譲渡による所得は、原則として、非課税所得であることを明らかにしたうえ、同条二項三号は、右の場合には、有価証券の譲渡による収入金額がその有価証券の取得費等の金額に満たない場合における不足額は、法の規定の適用についてはないものとみなす旨規定している。

そうすると、本件株式売買が法九条一項一一号イに該当しないときは、本件株式売買による所得は非課税所得となり、また、本件株式売買によつて生じた本件損金もないものとみなされることになることは明らかである。

(二)  次に、法九条一項一一号は、有価証券の譲渡による所得のうち、同号イないしニに掲げる所得が、例外として、課税所得に該当することを明らかにしている。そして、同号イは、「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」と規定し、右政令で定める所得につき、令二六条一項は、「有価証券の売買を行う者の最近における売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする」(いわゆる実質基準)と定め、また、同条二項は、「有価証券の売買を行う者のその年中における株式又は出資の売買の回数が五〇回以上であり、かつ、その売買をした株数又は口数の合計が二〇万以上であるときは、その他の前項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の有価証券の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とする」(いわゆる形式基準)と定めている。

したがつて、本件株式売買が右令二六条一項所定の所得の基因となる株式売買に該当するときは、本件株式売買による所得は、課税所得となる。

しかし、右規定は、その所得につき、単に、「営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする」と定めているに止まり、それが各種所得のうちのいかなる所得に該当するかについては、これを定めた規定がないから、法二三条ないし三五条の各規定に照らして判断すべき事柄であるところ、この点については、その所得の性質からも、原、被告双方が主張するとおり、各種所得のうち事業所得(法二七条)又は雑所得(法三五条)に該当するか否かが問題となる。そして、本件株式売買による所得が右事業所得の場合にはこれによつて生じた損金は法六九条一項所定の「事業所得の金額の計算上生じた損失の金額」に該当し、右規定が適用されることになるが、右雑所得の場合には右規定の適用の余地はないことになる。

ところで、事業所得につき、法二七条一項は、「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)」と規定し、右政令で定める事業につき、令六三条は、不動産の貸付業又は船舶若しくは航空機の貸付業に該当するものを除き、農業、林業及び狩猟業、漁業及び水産養殖業、鉱業(土石採取業を含む。)、建設業、製造業、卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)、金融業及び保険業、不動産業、運輸通信業(倉庫業を含む。)、医療保険業、著述業その他のサービス業(一ないし一一号)、前号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業(一二号)と定めている。

そして、一定の具体的な取引行為が「対価を得て継続的に行う事業」に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らし当該取引について事業性が認められるか否かによつて決せられるべきものということができる。そうすると、有価証券の譲渡行為は投機性の強いマネーゲームともいうべきものであるから、その判断においては、単に当該取引行為の営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無、すなわち有価証券の売買の回数、売買した株数又は口数の多寡のみならず、事業としての社会的客観性の有無が問題とされるべきであり、この観点からは、当該取引のための人的、物的設備の有無、資金の調達方法、取引に費した精神的、肉体的労力の程度、その者の職業、社会的地位などの諸般の事情を斟酌せざるを得ないものというべきである。

したがつて、本件株式売買が法九条一項一一号イ、令二六条一項所定の所得の基因となる株式売買に該当する場合であつても、右売買につき右事業性が認められるときには、本件株式売買による所得は事業所得ということができるが、右事業性が認められないときには、雑所得にすぎないことになる。

2  そこで、原告が本件株式売買を事業として行つていたか否かについて、検討する。

(一)  原告が神奈川電機の代表取締役であること、昭和四八年ころから株式売買をしていること、同四八年及び同五一年ないし同五三年の各年中の各取引株数が別表二の原、被告主張欄記載のとおりであること、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額を除くその余の原告の本件各係争年分の総所得金額の内訳が別表三(一)ないし(三)記載のとおりであること、原告が別表四(1)ないし(3)の各「月日/時分」欄記載の日時に各「銘柄」欄記載の株式につき各「株数」欄記載の株数を各「売買」欄記載のとおりに売買したこと、本件株式売買の方法等が被告の主張2(二)(イ)ないし(ハ)のとおりであることは当事者間に争いがない。

右事実に加えて、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 神奈川電機は、電気工事を主たる営業目的とし、旧海軍の艦艇関係の仕事をするなど古くからの実績を有し、従業員として六〇名ないし七〇名位を擁し、年商一〇億円位の堅実な売上げを有する会社であるところ、原告は、同会社の代表取締役として、同会社から、配当金及び給与の支払を受けるとともに、同会社に原告所有不動産を賃貸して同会社から賃料の支払を受け、右配当金、給与及び賃料を基礎として計算される原告の昭和五二年ないし同五四年における配当所得、給与所得及び不動産所得の合計金額は、いずれも各年二〇〇〇万円前後であり、これが原告の主たる収入源であつたこと、

(2) 原告の家には祖父の代から「株式の信用取引をするな。」との家訓があり、原告はこれを古くから聞かされていたため、昭和四七年以前には、年に一、二回の割合位でしかいわゆる資産株につき株式売買をしたことがなかつたが、同四八年ころから、折からの株式ブームに接し、株式売買に強く興味を抱き、主に信用取引による利鞘稼ぎの目的で株式売買をはじめたこと、

(3) 原告の昭和四八年から同五四年までの間の株式売買の取引株数及び売買回数は、別表二被告主張欄記載のとおり(本件各係争年におけるその詳細は、別表四記載のとおり)であるが、同期間中のいずれの年においても株式売買による利益を得られたことが全くなかつたこと、

(4) 原告の株式売買は、原告が神奈川電機の社長室あるいは自宅において、余暇を利用し、証券会社の外務員に対し電話による委託注文の方法で行つていたもので、株式売買のために特定の事務所を設けたり、人を雇うなどの特別の人的、物的設備を有していなかつたこと、

(5) 原告の株式売買は、主に信用取引によるもので、売買代金の決済は、証券会社の外務員を通じて行つていたこと、

(6) 原告の株式売買に要した資金は、昭和五二年ころ横浜銀行阪東橋支店から五〇〇万円を借り入れて調達したほかは、いずれも自己資金でまかなつていたこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 以上認定の事実によれば、原告が本件株式売買を事業として行つていたものとまでは断定し難く、かえつて、原告の趣味と実益を兼ねたマネーゲームとしてこれを行い、損失を被つたにすぎないものと認めるのが相当である。

そうすると、本件株式売買は、法九条一項一一号イ、令二六条一項所定の所得の基因となる継続的な株式売買に該当するとしても、本件株式売買による所得が事業所得であるとまでは認めることができず、精々雑所得にしかすぎないものといわざるをえない。

3  してみると、本件株式売買による所得は非課税所得であるか、又は雑所得であるというべきであるが、そのいずれであつたとしても、本件株式売買によつて生じた損失が法六九条一項の規定する「事業所得の金額の計算上生じた損失の金額」であるといえないことは明らかであり、本件各更正が本件損金を原告の本件各係争年分の各種所得から控除しなかつたことは、その余の点については判断するまでもなく、同項の適用上適法であるから、本件各更正が原告の本件各係争年分の総所得金額を過大に認定した違法があるとはいえない。

三原告は、本件各更正が禁反言の法理又は信義則に反するので違法である旨主張するので、判断する。

1 禁反言の法理又は信義則は、法の普遍的な一般原則であるから、租税法の分野においても、これが適用される余地はありうる。すなわち、租税法は強行法であつて、いわゆる合法性の原則によつて支配されているのであるから、かかる原則を犠牲にしても、なお、納税者の信頼利益を保護しなければ正義に反するような特段の事情が存する場合、換言すれば、税務官庁がその責に帰すべき事由により、納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示し、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて何らかの行為をし、この信頼に反するその後の課税処分により重大な不利益を被つた場合であつて、かつ、納税者に何ら責に帰すべき事由がなく、課税の公平、平等を考慮してもなお、納税者の信頼を保護すべき特段の事情が存する場合に限つて、右信頼に反する課税庁の処分に禁反言の法理又は信義則を適用しうるものというべきである。

そこで、本件につき、禁反言の法理又は信義則を適用すべき特段の事情があるか否かについて、検討する。

2  原告が昭和四八年分の所得税につき旧署長に対して確定申告をするに際し、株式売買による損金を事業所得の計算上生じた損失の金額として申告したこと、横浜中税務署の大西調査官が原告の所得税調査のため同四九年九月五日原告の取引銀行である横浜銀行阪東橋支店において同支店職員に対し原告借用中の貸金庫の開扉を求めたこと、大西調査官は神奈川電機の社長室を訪れ、石井税理士立会のうえ、原告から右貸金庫の開扉の同意をえたこと、そして、大西調査官は、原告から鍵を預つた石井税理士とともに再び同支店を訪れ、石井税理士の開扉した右貸金庫の内容を確認したこと、その後、原告は同年一一月二八日付け内容証明郵便により旧署長に対し、右調査に対する抗議を内容とする文書を送付したこと、横浜中税務署の太田副署長及び廣野統括国税調査官は同年一二月五日原告方を訪れたこと、原告が同四九年分から同五三年分までの所得税につき各年の申告制限内に旧署長に対し株式売買による損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として確定申告したこと、原告は同五四年四月一八日から現住所地に転居し、これに伴い原告の納税地を所轄する税務署が横浜南税務署と変わり、同年分の所得税についての確定申告を被告に対してしたところ、被告は同五六年三月四日付けで原告の同五二年分から同五四年分までの所得税につき本件各更正をしたことは当事者間に争いがない。

右事実及び前記二2(一)の事実に加えて、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四八年中に証券会社に委託して取引株数一六四万〇七〇〇株、売買回数七二回の株式売買をしたが、これによつて合計七〇〇万円位の損金を生じたことから、原告個人及び原告が代表取締役である神奈川電機の税務申告等に関与していた石井税理士に対し、右損金を税法上考慮に入れて申告したい旨相談したこと、石井税理士は、原告の株式売買が事業といえるかどうか、そして、右損金が法六九条一項の規定する「事業所得の金額の計算上生じた損失の金額」といえるかどうかについて、疑問を持つたが、同年中の取引株数及び売買回数が多かつたうえ、原告が今後も継続的に株式売買をやつていく意思である旨をきき、右損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として申告することに特段の反対をしなかつたこと、そこで、原告は、同四九年三月ころ、旧署長に対し、右損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として確定申告をしたこと、

(二)  横浜中税務署の廣野統括国税調査官は、昭和四九年八月ころ、原告の確定申告に係る右損金に関し、原告の株式売買が事業といえるかどうか、右損金が正確であるかどうかにつき調査する必要性があると判断し、部下である大西調査官にその調査を命じたこと、大西調査官は、同月下旬ころ、原告の確定申告等に関与していた石井税理士に対し、原告の所得税調査をするので関係書類を提示して欲しい旨依頼し、その二、三日後には、同税理士から関係書類の提示を受け、同書類を検討のうえ、原告の取引証券会社及び取引銀行に対する反面調査をはじめたこと、

(三)  大西調査官は、右反面調査の一環として、原告の取引証券会社での調査をした後、昭和四九年九月五日、原告の取引銀行である横浜銀行阪東橋支店に赴き、同支店に原告が借用中の貸金庫のあることを知り、同支店職員に対し、原告の了承を得たうえで同貸金庫の内容を確認したい旨申し入れたこと、そこで、同支店職員は、原告に架電して、税務職員から貸金庫の開扉を求められているが了承してよいかどうかの問合せをしたこと、原告は、それまで所得税について調査を受けたことがなかつたこともあつてか、原告の取引証券会社に対する反面調査等を実施されたことにつき、脱税の嫌疑をかけられて信用を失墜させられていると誤解したのみならず、所得税調査に藉口して原告及びその家族の思想信条まで探索しているとまで曲解し(乙第四号証、甲第一八号証)、同支店職員からの架電に激怒し、同職員に対し、税務署員を神奈川電機の社長室に差し向けるように申し付けたこと、大西調査官は、これを受けて、直ちに、右社長室に赴き、原告に対し、調査の趣旨を説明したうえ貸金庫の開扉につき了承を求めたこと、原告は、大西調査官に対し、反面調査の方法が職権濫用である旨主張して、同調査官を詰問し、石井税理士を呼び出したうえ、旧署長に架電し、反面調査の方法が職権濫用であると抗議するとともに、貸金庫の開扉に同署長自ら立会うよう要求したが、同署長は、自ら立会うことはできない旨回答したこと、そこで、原告は、大西調査官の調査方法に不満があつたものの「脱税の嫌疑」を晴らすために貸金庫の開扉を了承し、石井税理士に貸金庫の鍵を預けて同税理士に貸金庫を開扉してもらつたうえ、大西調査官においてその内容を調査することを承諾したこと、大西調査官は、右のような経過をへて、横浜銀行阪東橋支店の原告の貸金庫の内容につき調査をしたこと、

(四)  旧署長は、右貸金庫の開扉の後、大西調査官からの報告を受け、廣野統括国税調査官と協議のうえ、原告の所得税についての調査の続行が不必要な軋轢と誤解とを招くおそれもあると判断して、調査の続行を留保することにするとともに、石井税理士に対し、原告の理解と協力が得られるよう説得して欲しい旨依頼したこと、しかしながら、原告は、大西調査官の調査方法が職権濫用であるとの考え方を変えず、石井税理士を通じて廣野統括国税調査官に対して「新聞に投稿する。国会で問題にする。」との意向がある旨を伝えたうえ、昭和四九年一一月二八日付け内容証明郵便により、旧署長に対し、「貴殿の命令によつてなされた大西調査官の調査方法は職権を濫用したもので違法である。右調査は、私が脱税犯人であつて犯罪捜索を受けているような印象を私の取引金融機関等に与え、もつて、私の名誉と信用を著しく毀損した。私が貴殿に対して貸金庫の開扉に立会うことを求めた際、貴殿はこれを拒否したが、これは、貴殿が自己の違法命令について反省をしない傲慢な態度であつて一片の良識も認められない。貸金庫を開扉した結果、不正事実がないことが立証された。よつて、貴殿は不法にも職権を濫用して私の名誉と信用とを毀損したことについて、この書面到着後七日以内に、これが回復でき得るよう、その責任を明らかにされたい。」旨の抗議文書を送付したこと、旧署長は、右抗議文書には著しい誤解があるので、釈明のために、太田副署長及び廣野統括国税調査官を原告方に差し向けたこと、

(五)  太田副署長及び廣野統括国税調査官は、昭和四九年一二月五日、神奈川電機の社長室を訪れ、原告に対し、「納税者と面接する前に反面調査を実施することもある。貸金庫を開扉することも、通常調査の一環として行つており、これによつて、非違が発見される例も多い。税務調査は、納税者の理解と協力とがあつてはじめて円滑に進行させることができる。今後は、原告の要望に応じた調査方法を考慮するので、引続き適正な申告等に協力願いたい。」旨の話をしたが、原告の同四八年分の所得税調査が未了であつたので、調査対象事項とした原告の株式売買の事業性の有無及び損金の額の正確性については言及しなかつたこと、しかし、原告は、同四八年分の所得税調査が終了しているとの理解の下に、両名から原告の同四八年分の所得税についての申告につき誤りがあつた旨の明確な指摘がなかつたことや引続き適正な申告等に協力願いたい旨の要請があつたことから、旧署長が原告の同四八年分の所得税についての申告、とりわけ、原告の株式売買によつて生じた損金を事業所得の金額の計算上生じた損失の金額として損益通算した部分が是認されたものと独り決めしたこと、

(六)  原告は、その後、昭和四九年分から同五三年分までの所得税につき各年の申告期限内に旧署長に対し株式売買による損金を事業所得の計算上生じた損失の金額として確定申告したが、旧署長は、原告の同四八年分以後の所得税についての申告に対し、前記調査の続行もせず、何らの処分も修正申告を促す等の指導もしなかつたこと、

(七)  原告は、昭和五四年四月一八日から現住所地に転居し、これに伴い原告の納税地を所轄する税務署が横浜南税務署に変わり、同年分の所得税についての確定申告を被告に対してしたところ、被告は、同五六年三月四日付けで原告の同五二年分から同五四年分までの所得税につき本件各更正をしたこと

以上の事実が認めれ、右認定に反する<証拠>は、証人廣野務の証言に照らして措信し難く、他に右認定を履すに足りる証拠はない。

3 以上認定の事実によれば、本件において、旧署長はもちろん太田副署長又は廣野統括国税調査官においても原告の昭和四八年分の所得税についての申告、とりわけ、原告の株式売買による所得(損失)が事業所得(損失)に当るとの見解を表明したことはなく、旧署長が原告の同年分から同五三年分の所得税についての申告に対し、結局、何らの措置もしなかつたというにすぎないのであり、しかも、本件損金は、税務署側の行為とは全く関わりなく、専ら原告自身の才覚に関わる事柄であるということができる。

そうすると、本件各更正につき、禁反言の法理又は信義則を適用すべき特段の事情は存しなく、これを適用するにおいてはかえつて正義に反する結果をもたらすことになるものといわざるをえない。

そうすると、本件各更正が禁反言の法理又は信義則に反するので違法であるということもできない。

四以上によれば、原告の本件各係争年分の総所得金額は、いずれも本件各更正に係る総所得金額と同額であつて違法事由もないので、本件各更正は適法である。また、本件各係争年分の所得税につき原告から期限内申告書が提出されたが、その後本件各更正がなされたことは当事者間に争いがなく、本件各決定に係る過少申告加算税額が原告の納付すべき増差税額につき一〇〇分の五の割合を乗じて求めた金額に相当するものであることは、別表一の計数上明らかであるから、本件各更正に付随してなされた本件各決定も適法である。

五よつて、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官橋本昇二 裁判官足立謙三は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官古館清吾)

別紙別紙一~四<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例